四方田犬彦『先生とわたし』(新潮社/単行本)

膨大な固有名詞によって形成されている四方田犬彦の自分史を読むと、妬ましくなる。これだけの知識を携えて世界を理解していくのって、楽しいんだろうなーって。四方田犬彦自身、妬まれ、羨ましがられることを狙って書いてるんじゃないか?と勘ぐりたくなるような、前途ある若者の、輝かしい知性獲得のストーリー。

大学入学時、貪欲に、でも散漫と蓄積されていた四方田犬彦の知識が由良君美という師が示す大局によって体系立てられて、新しい視点として再編成されていく瞬間に、嫉妬というか、羨望のまなざしというか、おれもそれほしい!と思っちゃいました。

後に、自らが師と同じ高みの視点を得たことを匂わす四方田犬彦の、老い逝く師に対する分析はクレバーであっぱれ。この人はほんと自分を立たせるのが巧い。師を持たないふつーの身であるぼくが、四方田犬彦の独白に巻き込まれて、学ぶことの快感や悲哀、孤独さを体感したかのように錯覚させられちゃうといった点では、たいへん罪作りなテキストでもあります。ぼくは何も成していない。そのことを忘れないようにしないといけない。危うい、楽しい評論です。

先生とわたし

先生とわたし

2008/05/22読了[15冊目]